ナレッジトランスファーとは?
ナレッジトランスファー(知識の移転)とは、プロジェクトにとって重要な知識を、それを必要とする人へ移すことです。英語の Knowledge Transfer の頭文字で KT と呼ぶこともあります。
対象は2つあります。一つは外への引き継ぎで、運用部門や次のフェーズへ知識を渡します。もう一つは中での共有で、メンバーどうしが知識を広げ、特定の人に頼りきらない状態を作ります。
知識が一人に集中していると、その人の異動・退職・病気で作業が止まります。知識の移転は、こうしたリスクを減らす手段でもあります。プロジェクト・マネジャー(PM)は、誰が何を知っているかをつかみ、移す計画を立てます。
People タスク7「知識の移転」で何が問われる?
試験内容の概要(ECO 2026)の People タスク7は「知識の移転を確実にする(Help ensure knowledge transfer)」です。ECO の冒頭では、タスクとイネーブラーの構造の見本としてこのタスクが使われています。イネーブラー(仕事の例)は次の3つです(当サイトによる要約)。
- プロジェクトにとって重要な知識を特定する。
- 知識を集める。
- 知識の移転を促す環境を育てる。
旧版(2021年版)では、2か所に分かれていました。Process 領域の独立したタスク「プロジェクトの継続のための知識の移転を確実にする」と、People 領域の「チームを作る」の一項目です。
新版では People 領域のタスクとしてまとめられ、人と人の間で知識を移す面がより前に出ています。
形式知と暗黙知はどう違う?
知識の移転を考えるときに大事なのが、形式知と暗黙知の区別です。経営学者の野中郁次郎は、組織の知識が、形式知と暗黙知の間を行き来しながら生まれると論じました。
形式知
- 定義言葉や数字で表せる知識
- 例設計書・手順書・議事録・教訓の記録
- 移り方文書やデータで共有できる
- PM の打ち手文書を整え、見つけやすく置く
暗黙知
- 定義言葉にしにくい経験やコツ
- 例顧客との交渉の勘、障害時の判断、技術の勘所
- 移り方人から人へ、一緒に働く中で移る
- PM の打ち手同席・ペア作業・実演・対話の場を作る
文書だけでは暗黙知は移らない。人と人が関わる場を計画に入れる。
重要な知識はどう特定する?
すべての知識を同じように残すことはできません。まず、何がプロジェクトにとって重要かを見極めます。次の問いが手がかりになります。
- その人がいなくなったら止まる作業は何か: 特定の人しか分からないシステムの設定、顧客との経緯など。
- 後の工程や運用で必ず要る知識は何か: 運用の手順、障害時の対応、設計の判断理由。
- くり返し聞かれていることは何か: 同じ質問が何度も出るなら、共有されていない知識がある。
- 失敗から学んだことは何か: 同じ失敗を防ぐための教訓。
| 知識 | 持っている人 | 移す相手 | 期限 | 移し方 |
|---|---|---|---|---|
| 既存システムとの連携の設定 | ベテランA(一人だけ) | 後任B | Aの異動の1週間前 | 同席 → ペア作業 → 手順書 |
| 顧客との経緯と決定の理由 | PM・ベテランA | 後任B・運用部門 | 運用への移行の前 | 決定の記録を整理し、引き継ぎ会議で説明 |
| テスト環境の準備手順 | ベテラン2人 | チーム全員 | 次のスプリント | 実演+録画+手順書 |
特定した知識は、上の表のように、誰が持っていて、誰に、いつまでに移すかを整理します。知識が一人に集中している状態は、リスクとしても扱い、早めに手を打ちます。
知識を集め、共有する場にはどんなものがある?
知識の種類によって、集め方と共有の仕方を変えます。
| 方法 | 向いている知識 | 例 |
|---|---|---|
| 文書・リポジトリ | 形式知 | 設計書、手順書、よくある質問、教訓の記録を共有の場所に置く |
| 教訓登録簿 | 形式知(経験を言葉にしたもの) | 起きたこと・原因・次への提案を、プロジェクトの途中から書きためる |
| ペア作業・同席 | 暗黙知 | 経験者と若手が一緒に作業する。顧客との会議に同席する |
| 実演・勉強会 | 暗黙知を形式知に近づける | 手順を見せながら説明し、録画や資料も残す |
| ふりかえり | チームの経験 | スプリントやフェーズごとに、うまくいったこと・改善点を話す |
| 実践の共同体(コミュニティ) | 組織をまたぐ知識 | 同じ分野の人が集まり、事例や悩みを共有する |
どの方法を使うかは、コミュニケーションの計画とあわせて決めると、場がばらばらになりません。詳しくはコミュニケーション計画の作り方で解説しています。教訓の書き方は教訓の残し方と活用法にまとめています。
人が抜ける前の引き継ぎはどう進める?4つの段階
人の異動や契約の終了が決まったら、次の4段階で引き継ぎます。暗黙知が多い作業ほど、2段階目と3段階目に時間をとります。
- 1
見せる
後任が経験者の作業に同席し、手順と判断の理由を聞く
- 2
一緒にやる
後任が手を動かし、経験者が横で見守って補う
- 3
任せて見守る
後任が一人で作業し、経験者は質問にだけ答える
- 4
記録して確かめる
手順・判断の理由・よくある質問を残し、後任が説明できるかを確かめる
資料を渡して終わりにしない。後任が一人でできると確かめて、完了とする。
期間が短いときも、段階は飛ばさず、重要な知識に絞って進めます。最後に後任が手順を説明できるかを確かめれば、知識が移ったかどうかが分かります。
運用部門への引き渡しでは、受け取る側の準備ができているかの確認も要ります。手順は運用への移行の記事で解説しています。
予測型とアジャイルで知識の移し方はどう違う?
PMP は予測型が約40%、残りがアジャイルとハイブリッドの出題です。知識の移し方の違いも押さえておきましょう。
予測型
- 日々の共有手順書や設計書を整え、レビューで共有する
- 学びの記録教訓登録簿に、フェーズの途中から書きためる
- 外への引き継ぎ移行の計画に沿い、文書と研修で運用部門へ渡す
アジャイル
- 日々の共有ペア作業やチームでのレビューで、知識を一人に集めない
- 学びの記録スプリントごとのふりかえりで、学びを次に生かす
- 外への引き継ぎ完了の定義(DoD)に文書や運用の手順を含め、少しずつ渡す
どちらでも、終盤にまとめて移すより、途中から少しずつ移すのが基本。
知識の移転が起きやすい環境はどう作る?
ECO は「知識の移転を促す環境を育てる」ことを挙げています。仕組みを用意しても、メンバーが知識を出したがらなければ移転は起きません。環境づくりのポイントは次のとおりです。
- 時間を確保する: 引き継ぎや勉強会の時間を作業計画に入れる。片手間ではうまくいかない。
- 共有を評価する: 知識を教えたり記録したりする行動を、成果として認める。
- 質問しやすくする: 「こんなことを聞いてよいのか」とためらわない雰囲気を作る。
- 探しやすくする: 文書の置き場所を一つにまとめ、名前のつけ方を決める。
- 早く始める: 終盤にまとめて引き継がず、日々の作業の中で少しずつ移す。
試験ではどう問われる?
確認問題1
キーパーソンの異動が決まった
(当サイトの独自問題)顧客の既存システムとの連携部分を一人で担当してきたベテランのメンバーが、1か月後に別の事業部へ異動することが決まりました。連携部分の設定や顧客との経緯は、ほとんど本人しか知りません。プロジェクト・マネジャーが次に行うべきことはどれか。
選択肢を押すと、正誤と解説が表示されます。
正解と解説を見る
正解:2。重要な知識が一人に集中しています。設定や経緯には暗黙知が多いので、資料だけでなく、後任と一緒に作業しながら移す計画を立てます。残りの1か月を最大限に使います。
1:異動は組織の決定です。延期を求める前に、1か月でできることがあります。3:資料だけでは暗黙知が移りません。4:記録と監視だけでは、知識は移りません。
確認問題2
同じ質問がくり返し出ている
(当サイトの独自問題)アジャイルチームで、テスト環境の準備の手順について、新しく入ったメンバーから同じ質問が何度も出ています。答えられるのは2人のベテランだけで、そのたびに彼らの作業が止まっています。プロジェクト・マネジャーが次に行うべきことはどれか。
選択肢を押すと、正誤と解説が表示されます。
正解と解説を見る
正解:3。同じ質問がくり返されるのは、知識が共有されていないサインです。実演で暗黙知を伝えつつ、手順書(形式知)にも残せば、ベテランの負担も減ります。
1:質問しにくくなり、知識の移転が遅れます。2:一般的な研修では、このプロジェクトの環境に固有の手順は学べません。4:知識が2人に集中したままで、リスクが残ります。
確認問題3
教訓をいつまとめるか
(当サイトの独自問題)予測型の2年にわたるプロジェクトで、PM は「教訓は終結時にまとめればよい」と考えていました。ところが1年目のフェーズでの失敗の原因を、関係者がよく覚えておらず、記録も残っていないことが分かりました。今後のために、プロジェクト・マネジャーが行うべきことはどれか。
選択肢を押すと、正誤と解説が表示されます。
正解と解説を見る
正解:1。教訓を終盤にまとめて集めると、記憶が薄れて失われます。途中から書きため、節目ごとに見直せば、知識を確実に集められ、プロジェクトの中でも生かせます。
2:時間を増やしても、薄れた記憶は戻りません。3:任せる相手を変えても、終結時にまとめる問題は残ります。4:重要な教訓を捨てることになります。